うたプリ☆ブログ プリンセスゴリラのブロッコリー畑で捕まえて

収入よりグッズ支出がついに上回りました

about

過去のブログをアーカイブ化しました。

上記に伴い一部記事の非公開化、リンク切れがあります。ご了承ください。

このブログについては、「はじめに」をお読みください。

うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVE LIVE STAGE(プリライ)レポート集

 
プリライ6th レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
プリライ5th レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
プリライ4th レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

QUARTET NIGHT LIVE(カルライ) レポート集

 
カルライ2017 レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVE アニメ 上映会レポート集

 
レジェンドスター上映会 レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
レボリューションズ上映会 レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

ブロッコリー株主総会レポート

 
23期 ブロッコリー株主総会 レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
22期 ブロッコリー株主総会 レポート
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

うたの☆プリンスさまっ♪ エイプリルフール

 
2017 「PRINCE CAT 招待状」
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2016 「劇団シャイニング再演」
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 「江戸の☆お殿さまっ♪」
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

シャイニングストア(シャニスト)レポート

 
2016 シャニスト(シャニフェス)
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 シャイニングストアサテライト
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 シャイニングストア
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2014 シャイニングストア
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

広告・展示会レポート

 
カップルックTシャツ 展示
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 広告まとめ
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

コラボイベントレポート

 
2016 八景島コラボ
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 ナンジャタウン
記事内における引用については「はじめに」をお読みください
 
2015 カラ鉄コラボ
記事内における引用については「はじめに」をお読みください

【ネタバレ】許してください!「Lost Alice(ロストアリス)」の感想をちゃんと書きますからぁ!

f:id:PrincessGorilla:20180117213633j:plain

前回のブログ記事が後半に完全に持って行かれていたのであらためてちゃんとロストアリスの感想を書きます。

 この記事を読む上での注意事項

  • 完全にネタバレします
  • 本編のことをほぼ話します
  • なんとシアターシャイニングのネタバレもしていました
  • まさかのRepeat LOVE音也ルートのネタバレすらもします
  • 考察することは苦手なので深い話とか一切ありません
  • 私は違うと思った、何いってんだこいつと思ってしまう人にとっては非常に具合が悪くなるばかりの話をしています。解釈違いが苦手な方は閉じてください。

以上ご理解いただける方のみ、読み進めていただけますと幸いです。

Lost Aliceの感想あれこれ

 考察とか偉そうなこと一切いえず、ただLost Aliceという作品に触れてこう思ったという感想なだけなので、あまり期待されぬようご注意ください。的外れな部分もあると思うし。私は往々にしてそう思わなかったみたいなのあるとおもうのですが、そこはきっと解釈の違いなので…許して…。

装丁について

 今回、初回特典盤の装丁が、前回のシアターシャイニングの紙製BOXによる装丁よりも簡素な作りになっていたなというイメージがあります。

 スリーブケースでDVDパッケに入っているので、そこまで特殊なパッケージ作りじゃないと思うので、なんというかより一層、中身にかなりお金をかけた感を感じます。実際は知らんけど!

 でもね、正直私は特典の本については、うん、本として読み物として、よいと思う、なぜならこの感想を書くのにあたって、ドラマCD聞きながら本も読みながらと、わりと活用していて、何しろ本の内容も面白かったから。

 でもでも、やっぱり!!! 劇団シャイニングや、シアターシャイニングの脚本での、プリンスたちの書き込みが大好きだったので、機会があれば、ぜひ、シャイマスもプリンスたちが演じた脚本を見せてほしいんだよね…!! 

 どうにかなりましぇんかブロッコリー様ぁ…

 ア””!!!!!! 抽選とかプレゼントにしないでほしいなぁ〜(完全に自己都合)

話にオチが一応ある

 ところどころ話が飛ぶので(この長さであればしゃーない)きっちり成立しているかといえばあれなのだけど、劇団シャイニング、シアターシャイニングと今までの企画物ドラマCD企画と比べると、話があっちらこっちらいかずに、ちゃんとオチているのである。

 私は今までのうたプリの企画物ドラマCDにおいて、劇団シャイニングは、乙女ゲームのドラマCDで劇がはじまったけど、どうしよう感が抜けきれないままENDし、その次のシアターシャイニングでも乙女ゲーム路線から抜けられず、エアーヒロインに対しプリンスが話しかけているシーンが、まるで反応しない壁に話しかけているかのよう、みたいな状態になるせいでところどころ話に集中できないみたいな現象に加え、「To be continued...」で作中にふりまいた伏線を回収せずに放り投げて終わったみたいな脚本の消化不良感に「えぇ〜!?」となったクチなので、今までのうたプリクオリティからすると、このLost Aliceは今までの企画物ドラマCDの中でなんとストーリーにオチをつけてくるという、Lost Alice 自体が変化や成長を感じるという、恐るべき作品です。(言い方)

 ちなみにエアーヒロインというのは私が勝手に名付けた、ドラマCDの中で空気と化しているヒロインのことです。

 うたプリはスタート地点が乙女ゲームなので、そうしたシチュエーションに走ってもわかるけど、ゲーム視点では乙女ゲームの主人公としての心情やら背景やら、心の揺れや動きがあったから自身も感情移入できるのだけど、劇団シャイニングとシアターシャイニングに出てきたエアーヒロインは、私にとっては「無」に感じるので、私はところどころに集中力を殺されてしまうんです! 無念!

 まあ、BLOODY SHADOWSはわりかし、世界観がまとまっていたからなのか、エアー状態でも特に気にならなかったんですよね…。早い段階でヒロインが誘拐されて早急に本当の意味でエアーと化してしまい、ウォーレンとアイレス同士のやりとりとか、そこに交わるマサフェリーの方に主観が言ってたからだと思う。

 他の Pirates of the Frontier だって全員の演技すごかったし、エヴリィbuddy! も演技すごかった…んだけどぉー! 伏線回収せずに放り投げ、突然のレイジさぁーーーん!(なんだかんだでSUKI)、まあ、今までも本編に対して思うところはたくさんあったわけです…。そのあたりの感想は、パイフロとかエヴリィBuddyのシアターシャイニングの感想後半とかを漁ってください。

princessgorilla.hateblo.jp

princessgorilla.hateblo.jp

 Lost Aliceの感想なので、Lost Aliceの本編に戻るとして、Lost Aliceについては、カミュが周回すればわかるといっているように、ちゃんと話の中に伏線がある。

 意味がないことのように思える問いかけも、何のことのないように見えるシーンも、最後に繋がるものだと考えたら、意味がある物語性になっている。

 何回もいっちゃうけど、登場人物たちの変化や成長といっているけれど、まず Lost Alice という作品自体がうたプリの出してきた企画物ドラマCDとして成長しているから…。

Lost Alice はループしているのか? でも歌詞では否定しているようにも聞こえる

 ところで思うのだけど、これ、実際にLost Aliceはループしているのではないかな? と思うところがあります。

 Lost Alice自体の中でループしていると思う理由として、

「失うことの悲しみは、何度味わっても慣れることはない」(白ウサギ) 

「今度のアリスは随分と間抜けだねぇ」 (途中で出会う花)

 というようなセリフと、白ウサギと帽子屋の時計が両方壊れて時を止めていること。

 最後の「何かが変わろうしている!」というセリフは今まで変わらなかった世界の繰り返しを示唆しているように感じたあたりかなぁ…。

 でも、Lost Alice の「曲中」の歌詞では、こうも歌っている。

(嶺二)時の針は

(那月)常に坂巻きはしない

(真斗/蘭丸) 表裏ある世界

(蘭丸) たった一つの

(4人全員) 還らぬ現実

 「現実の世界」 では「時の針」が「逆巻き」はせずに現実はもう還らない、でも、この不思議の国では? みたいな問いかけにも思えるし、不思議の国自身がまるで現実だからこそ、間違えるな、と言っているようにも聞こえる。

 何でも知っているように見えるチェシャ猫や、イモムシは繰り返されるからこそ何でも知っていたような気もする。知らんけど。

 あの不思議な国の中で、アリスは何度も何度も繰り返していたのでは? 何回目かのループした後の一つの世界線を今回切り取ったのでは? というような気もする。

 もしくはチャールズの中にいるアリスが1人だけじゃないということがわかっていた上で、毎回違うアリスと出会っていたというアレなのかな?

 それとも全くなんの意味もない言葉かな? わからんわ〜。

主演と助演? 11人が配役されるということ

 作品それぞれに主演として名前があがっていて、Lost Aliceの場合には四ノ宮那月、寿嶺二、聖川真斗、黒崎蘭丸の4人なので、この4人にスポットがやっぱりあたります。

 今までも、もちろんプリンスたちがやってたけど、登場人物3人とか、登場人物2人とかプリンスガンバレ超ガンバレ!!! みたいだったんですが、作中に今回は11人全員が出るんですよ。

 その上で、Lost Alice は「不思議の国のアリス」をモチーフにしているという前提の設定があるので、ああ、これから私は「物語」を読むのだな、と頭の切り替えが容易にしやすい。

 さらに、語り部となるキャラクター(白ウサギ)もいつつ、それぞれのキャラクターに出会うシーンが章区切りされているので、それぞれの場面でのお話をわけで理解しやすい。

 後半は少しそのあたり雑になってしまって混ざり気味の部分があったかなと思いますが。

 4人以外に、チャールズの兄としてのアルバートカミュ、が出てくるんですが、彼はハートの王でもあり、普通にLost Aliceの出演者でもよかったんじゃないのって思うくらい存在感があったなぁと思います。

 となると、これから続くトロワやリコリスでもそうしたクセのある配置があるキャラクターが今後も出てくるということでしょう。

 イモムシという役名ですべてをかっさらっていた感のある一ノ瀬トキヤもそうですが、帽子屋を中心としてイカれたお茶会を楽しむ三月ウサギの神宮寺レン、眠りネズミを演じる愛島セシルも存在感が際立ってたし、ハートのAとハートの7としてのやりとりを演じた一十木音也と来栖翔も存在感があったし、ハートのJの美風藍は美風藍としての「どうして? なんで?」のそのまま感が逆にすごかったですね。

 4人のストーリーなんだけど、11人いて、それぞれのキャラクターの活躍がしっかりと楽しめる感じがあったかなと思います。

 私は全員好きで、誰には興味がない、とか、誰しか見たくない、とかそういう主観はないので、もし「○○」の活躍だけ見たかったのに!! という視点からだと逆に物足りなくなるのかもしれないなーとは思いました。

 それだとシアターシャイニングの方が主演になる人たちしか会話しないので、そこだけ見れるよね、とも。

Lost Aliceにおける「変化」や「成長」

 ただ、やっぱり作中でのキーとなるそれぞれのセリフは主演の4人に対して散りばめられていたなと思います。そしてこれらは、もうすでにカミュ様がプリツイでこれがテーマだと積極的に押し出しているので、プリンス自身の変化や成長を描いていると思う。

 例えば、シアターシャイニングではそれぞれのプリンスたちの人生の背景的な部分をただ、「重ね合わせる」役どころだったと思うのだけど、いうなれば、Pirates of the Frontier なんかは音也のDebutルートみたいなもんだと思ってて、ブログでも、Twitterでも、なんか感情いっぱいいっぱいになって、言葉が見つけにくいようになっている音也をみてて、「ほげぇあ〜!!?」って感じの部分があった。

 エヴリィBuddy! のレイジさんもそういう感じだったけど、バディのショウさんは相変わらずどっちの設定を引いているのかわからないしで混乱だし、これはトロワで、翔さんがゲーム設定の過去持ってくるのか、ひたすらアニメ設定で龍也さん推しのままでいくのか、どうするかが見ものだなと思ってます(コラ)

 今回Lost Aliceではそれぞれのキャラクターを演じる上で、プリンスたちは自分たちの人生において体験したことを役柄を通じて自分たちが目指すところの答えをセリフに落とし込んでいるようにも思えました。

 白ウサギの嶺二であれば「たとえ無駄だったとしても 何もしないで後悔するより、やって後悔したほうがいい」だったり、帽子屋であれば「心の自由を、本当の喜びを手に入れる! 生きたまま死ぬくらいなら―」というセリフ、チェシャ猫の「誰も彼もが味方ってわけじゃないんだなぁ」、「正しいことが全てじゃない」という言葉の重み。

 アリスである那月にはセリフだけじゃない、物語を通して何重もの意味があると思われるような含みがある気がします。兄としてのアルバート、自分としてアルバートを見ること。さらには「もう1人の自分」として兄を見るのか。

 カミュTwitterのプロフィール欄に、

いつまでもおとぎ話を読んでいる子供ではいられません。

 という記述があるんだけど、それはかつて昔は兄のアルバートも、弟のチャールズと同じような部分があったのか、そうした部分があったからこそ守りたい、そうならないように厳しくしたという点もあったのかもですね。

 作中のクライマックスで「違う、兄さんは否定していたんじゃない。心配して気にかけてくれていたんだ」という気持ちを皮切りに、兄であるアルバートを理解していくかのようなシーンがあって、私はそこに少し、違和感があるんだけど。

 なんか急に心境の変化起きました!?ってくらいに唐突に兄であるアルバートに理解示していくよね…

 イモムシやチェシャ猫、ハートのJに諭されてはいるけど、その問いかけに対して、チャールズはあまり前向きな反応を示していたとは思えないんだよな。

 父親やアルバートとの嫌な思い出や怒られるシーンばかりを回想していたはずなのに、アルバートは否定してたんじゃない、心配して気にかけてくれてたんだ!って、一体全体どこでチャールズはその核心を得たの? って思ってしまう。

  私がLost Aliceはループしてるの? と思った理由のひとつが、この後半のチャールズのあまりにも早い物分かりの良さ、なんだけど、254235633回目くらいのループを繰り返して、ようやくそれに気づいた抜け出しルートを見てるんだったら、白ウサギみたいに、君はようやく見つけだしたんだ!って拍手したくなるかもしれない。

 でも、やっぱりキーなのは、ハートの王が自分自身だったっていうとこで、急に理解しはじめたように見えたのは、あれは、アルバートという兄を理解したのではなく、チャールズという自分自身を理解した、認めたから(イモムシは人は自身のことすらも理解できないと云う、だとしたら、理解したのではなく、チャールズに対しても、アルバートに対しても、自分が何者であるかはわからないことを認めたということなのかもしれない)だという文脈なら、なんとなくわかるような気もする。

 チャールズという自分自身をまず認めることができたから、この不思議な国から抜け出して、次は、アルバートという兄と話して、理解したい。

 実際にはまだ、何も話せていないはずなのに、「アルバートのことがわかった」みたいに、チャールズが語り出してしまったから、ストーリーが前後して、後半の肝心な部分がわかりにくくなったのではないか? とも思う。

 あの、ハートの王のシーンはたくさん解釈できる分、難しい、認めることは怖いことさ、って自分がそうだと認めれば、アルバートは自分のことを愛してくれていたから、厳しくしたのだと思うのか、チャールズ自身が、アルバートを愛していたことに気づいたからこそ、そのことを認めて自分の作り出していた世界を変えていったのか、よくわからない。

 このシーンは、ひっかけ問題かなんなのかわかんなくてすごくモヤモヤする。1番大切なポイントなのに、1番わかりにくいっていうある意味での消化不良…私だけが感じてるのかもしれないけど。

 1周目のときはマジ意味わかんなくて、2周目でこういうことか?って思いはじめて理解に努めようとしたけど、何周してもここはしっくりくる自分の中での答えが見つけられなかったです。

 目を覚ましたときに、アルバートも物分かりよくなってるので、2人とも同じ場所で同じようにさまよって、お互いがアリスになって、お互いがハートの王のようにでも見えてたのか???

あ、だから、今度のアリスは随分と間抜けと言われたり、礼儀正しくないとか(アルバートの言葉遣いをみるとわかる)、とか、やっぱアルバートも先に不思議な国にきた??? ここは単純にチャールズの比べられたくないという深層心理のただの引き出しなのか???

お茶会で帽子屋や、眠りネズミがチャールズをハートの王と見間違うのも、そういう…?

 うっ、だめだ頭痛がーー。

うーん、ハートの王が自分自身だと姿を変えていくのに、その一方では物語の最後に繋がるのにあたって、アルバートという兄自体のキャラ立ちが強すぎた気がする。

 もちろんラストが1番大切なので仕方ないんだけど。

 白ウサギ(=嶺二)や帽子屋(=真斗)、チェシャ猫(=蘭丸)に比べて、「誰にも理解されなかった自分」を投影して乗り越えるのに、那月自身の「前へ進む」という答えはいいなーと思うものの、チャールズとアルバートという兄弟の設定に思ったよりも引きずられすぎちゃったかなあ、という感じがしました。

 やはり、うまいこと言えないんだけど。

 正直なところでいえば、ストーリー上、ハートの王が自分自身であると演出するのであれば、演じるのは那月自身であってほしかったというところがありますね。

 でもね、私、配役の時点でハートの王はもしかすると、って思うところがあったんですよ。

 アリスが那月であるなら、向かい合わなければいけない相手になるなら、それはきっと自分自身であって、と思う部分があって。

 でも、現実的な話とか、演出上の話をすると、声だけで演じるなら、話の展開わかっちゃうじゃないですか!

 もし、そうした演出をするのであれば、わかってしまう、とも思ったんだけど、そこをわからせないための二重の演出があったらよりやばかったかもわかりませんね。

 どう見せるかは自分じゃあまり思い浮かばないけれど。ハートの王、最初はアルバートの声なんだけど、段々とアリスに、チャールズに変わっていく、とかね。

Lost Alice のお気に入りシーン

 お気に入りシーン書いてたらほぼ全部という恐ろしさだったので、書いたものからちょっとずつピックアップしていきたいと思います。

白ウサギのぴょんぴょんしたあわてんぼうさ

 白ウサギは案内役といいながら、アリスを導かない。どこかへと消えていってしまう。だからチャールズは自分で歩き出すしかない。何もわからない世界でひとり。

 白ウサギはいう。どんなに努力をしても、壊れたものはもう元に戻らない。だから急がなければいけない。

 この「案内役」だけど導かないのは、チェシャ猫がいってたように「アリスが選ぶんだ」を体現しているんでしょうね。

 自分で道を選んで白ウサギのところに、アリスはやってくる。

 白ウサギがアリスの元に走っていってるのではなくていつだって「待ってたよ」なんだよね。

白ウサギ「よろしく! 私の友達☆」
チャールズ「えぇー・・・」←このチャールズの反応めっちゃ好き

 白ウサギはあまりにも生き急ぎすぎてて、全速力で移動して飛び出していってしまうので、中々気づけないけれど、白ウサギのセリフからは、「運命」というものを信じつつ、抗えないものがあること、失って取り戻せないことがあることを伝えようと必死だ。

 あれだけの特徴的なセリフを一気にセリフとして吐き出すことで、よくあるアニメにいるよくあるキャラクター感が出ていて、「ふしぎの国のアリス」感の演出に本当に一役買っていたと思う。

 白ウサギは、すごい。寿嶺二にハマり役だったと思う。

 しかもおまけに、

帰り道なんてないよ ただ前に進むだけさ

 でしっかり闇オチウサギまで回収するのでやばい。白ウサギさ~ん!! 急に黒ウサギになるのはや~めて!!!

歩いてる途中に出会う草花の皆さん

 歩いてたら話す草花に出会うというどういうことなのシーンなのですがこの草花たちのラインナップがすげえんだ。イカれた草花たちを紹介するぜ!!!

「石ころのように転がって、草まみれ」

〜 一瞬クソまみれに聞こえてしまうがそんな下品なことは美風藍さんは言いません!!

「こんな面白いこと黙ってられるか」

〜 ちょっとアホっぽい一十木花が登場(ベスト・オブ・マッチ配役)

「んふふやっほ~☆」

〜 草むらの中からHAYATOがとびだしてきた!

「礼儀もなっていようだにゃ~」

〜 だから草むらの中にHAYATOがry

「オオォこわいこわいすぐ怒鳴るぅ~」

〜 昼ドラにでてきそうなババアが居ると思ったらまさかの来栖翔

イモムシとの出会い

読書を趣味とするイモムシと出会うのだが、このイモムシ読書するとき声に出してよんでるんか~い!!

読書じゃなくてそりゃ朗読じゃね~か!(無粋なツッコミはやめろ)

チャールズから三冊一気になんで読むの大変じゃない?一冊ずつ読めば? とまともに突っ込まれて、

あなたはそうだったとしても、私はそうではない

といってのける、そんなイモムシにしびれる憧れる!(しかしチャールズは怒っている)

 「あなたと違うんです」という主旨の発言は、どこかの元総理大臣のセリフを彷彿とさせるが、より洗練されたこの言い回し。

 さらにはチャールズにはまるで興味がないと思わせるように、片手間であることを想像させるような息遣いでのセリフの吐き出し方、さすが一ノ瀬トキヤ!!

 これはイモムシがトキヤじゃなければならないなと思わせるくらいのあれでした。

 人生にたった一度かもしれないイモムシ役に全力投球する一ノ瀬トキヤがすごい(語彙力はイモムシに食われました)

 しかし、初対面(?)なのに、自分と他人との価値観をいきなりぶったぎってくるイモムシ、この感じ悪さは、一ノ瀬トキヤ本人と初対面したときを思い出してしまう!(アー!)

 一方でチャールズの、自分のことなんてわかりたくもないと吐き捨てる部分は、自身と向き合うことを放棄している姿の現れをイモムシにあぶりだされていってるシーン。

「本よりも人間の方が大切でしょ?」とチャールズはさも当たり前のようにイモムシに言うのに、現実でチャールズは実際にはピクニックを放り出して本に夢中なのである。

 最後に「兄さんみたいに口うるさくて意地悪だ」と途中で会話を打ち切るのだけど、相手にしているイモムシはチャールズ自身だと考えたら、実に滑稽な会話に見えてくる。

 ようするに、人しれずチャールズは不思議の国の中で自身の価値観が置き換わっていく体験をし続けているのだ。イモムシとの謎かけ問いかけでそれは段々とわかってくる。

 一周目では気づけないここでのやりとりも、一周した後で、もう一度イモムシからの問いかけに耳を傾けてみるとなるほどといったかんじ(わかっているふりをしながらわかってない)

イカれたティーパーティにようこそお!!!

 帽子屋、三月ウサギ、眠りネズミのイカれたお茶会は本当にイカれている。まともじゃないルールに縛られて、永遠に終わりのないお茶会を繰り返している。

 「思い切りカップが弾けとんでいったよ」のセリフ回し本当にやばい。リズムとテンポで区切るだけでこのお茶会がいかにイカれてて面白くないものを面白くしようとしているのか、声だけで演じきっている。聖川様の前世は脱帽した帽子だったのかも…?(何をいって?)

 「俺にいわれてもねー」とかいう軽薄すぎる三月ウサギのセリフが本当に我が事じゃない他人事感MAXでお前まさか神宮寺レンなのでは!? 学生時代の神宮寺レンなのでは!? と一瞬で見抜いてしまいましたね。ふう。(名推理)

 そしてこのあっはははーーなイカれたお茶会で急に「面白くない」ってブチ切れるチャールズは正直すぎて同じくイカれてきたのか? と思うくらいの迫真の「面白くないっ!!!」でしたね。

 ぜひ寿嶺二が笑えないギャグをいったときにも応用してほしいくらいの迫真の演技でした。きっとれいちゃん泣いちゃうけども。

 眠りネズミさんはどれもねむねむしていてもかわいいのだけど、やっぱり最高MAXにスゴイと思ったのは、面白くないってブチギレられて「僕が寝てる間に〜」とあたふたするところです。

 もうね、敬礼!!! ってところ、敬礼している眠りネズミが想像できてしまうから。

 私、眠りネズミというか愛島セシルさんかわいいって思ってしまって、あ”!!! ダメ!!! やられると思いましたもん!! こういうところが私、きっと好きなんだと思うからどストライクツボかわいい

ハートのAとハートの7(ありがとう Lost Alice〜そして昇天〜)

 ハートの7さん、「そっちでしょー!」とか、「手を止めないの!」なぜところどころでかわいいんですか? (いきなり)小学生男子っていうより、小学生女子に聞こえてくるんですが…? え? ハートのAとここから揉めるときに「ちょっと男子!!! いい加減にしなさいよ!!」とか言い出しそうで草、まさかこれ小傍唯ちゃ…tfyぐひじょkpl@;:」

 一方のハートのAさんのやる気のなさ、めっちゃよいですね、何がよいって、わかんないけど、ゲームの音也っぽいなーって感じたからです。

 私がTwitterで常日頃から言っている、うたプリゲームのRepeat音也ルートに、大好きな音也のシーンがあるんですが、彼女を名前で呼ぶことを友千香さんにからかわれて、「だいたい俺、みんなのことだって名前で呼んでんだろ」ってムキになって怒るシーンがあるんです。

f:id:PrincessGorilla:20180120235928j:plain

突然Repeat LOVEでの音也の話を始めてすみません

 なんかこのゲームの音也でも「別に? 名前で呼ぶのよくない?」って気にしそうにもないのに、ここめっちゃ気にしてんの!!! 照れてるの!! そういうところが大大大大好きです。(あ、もはやLost Aliceから多いに道を外してるヤバイ)

 なぜこのシーンで上半身裸で話しているのか気になった人はいますぐRepeat LOVEをプレイしてください。

  でもって、アニメやプリツイや、ドラマCD、シャニライだと、こういうゲームの音也って、ぜんっぜんっもう、見ることができないんですよ。

 私はどの音也も大好きだけど、一番最初に出会ったのはゲームの音也なので、時々そうした雑っぽい音也の感覚、どこかで見ていきたいなって思ってます。

 「呼んでんだろ?」なんて、今の音也(?)はもう、言わないでしょ!

 「呼んでるじゃん」もしくは「呼んでるよね」みたいな、相手の顔色を気にするような物言いになると思うんだよな、アニメやシャニライの音也だと…。

 なので私はこの、「ハートの7のせいだかんな!!」とかの言いまわしや、「ぜんぜぇーんしなぁい」とかの投げやりセリフ、「いってー!!!」とか、これが例え、演技している音也だろうと、ゲームの音也ならありそうじゃんって思っていいじゃん!!! って思ってしまいました。

 演技してるってなると、アニメやシャニライの音也がゲームの音也を演じてるみたいになるの? もうわけわかんねえな。自分が何いってんのかわかんねえ。

 でもハートのAが殴るのかと思ったら、先に殴ったのはハートの7だった…、先に手ぇ出しちゃうのが翔さんなの!!? お兄さんなのに!? とか思っちゃったw どっちでもいいけど(雑)

 で、で、このケンカを仲裁するのが帽子屋さんなの最&高、最上級の最高。ケンカはやめないか、「普段は仲が良いのにどうした」、といっつもは仲良しなのちゃんと教えてくるのいいぞ!

 大分脱線してしまったところで、話を本題に戻しますが。

 

 ハートの王にバレたら処刑、という話を聞いて、チャールズはそんなに0と1しかないようにも見える極端なルールがひどいと思う。

 たしかに間違えたかもしれない、でも間違うことは許されないことなのか。

 とはいえ、現実において、チャールズは人の過ちをそのように許せているのだろうか。誰もが間違えるかもしれない些細なことを、絶対に許されないことだと思い込んだり、許せないと息をまいていたりしなかっただろうか?

 厳しく自分を戒める両親や兄に、「違うのに」と不条理に怒られたことの苦しさだけを受け止めて、誰もが「間違う」かもしれない危うさを「許す」ことに気づけただろうか…。

ハートの王と裁判

 正直な話でいうと、ハートのJはマジでどこから出てきたのかわからないところが、後半どういうことなの? って思った要因かもしれません。

 「間違って白いバラを植えちゃったのがバレたら責任とって死刑になるのはお前だ〜!」ってハートの7がご丁寧に自白していたので、おそらくやったのはハートのAとハートの7なのだろうけど、突然しょっぴかれてしまうハートのJにだつぼうだぁ…!!(やめろ)

 「僕たち、無能だからね、仕方ない」と無能さをたてに、受け入れようとしているわりには、死刑になるのは嫌なので白い薔薇をペンキで赤く塗るという雑なごまかしをしてしまうハートのAとハートの7…やはり小学生のようだ…でもハートのJに罪なすりつけ成功しているのは実は有能なのでは?(コラ!!!!)

 一方でのハートのJは、は異常に肝が据わっている。

 そもそも罪をなすりつけられたのではなく、自分自身が「ハートの王」の理不尽さを証明するためによい機会だとばりに裁判に身を乗り出してきたかのようにも思える。しらんけど。

「何をしたか、ではなく、そもそもがおかしいということを認めさせようとするJ」はやっぱり不思議な国の住人ぽくもあり、チャールズと同じように、それはおかしいと認めさせようとするのだけど、「理不尽だと思う証拠を出せ」、という理不尽さの証明を求められて、素直に、「証拠はない、ハートの王が理不尽だとそれを認めなければならない」という。これもある意味理不尽でしょ(コラ)

 「すみませんでした!! 私は理不尽でした!!!」、とあっさりハートの王が認めるはずもなく、めんどくさくなったのか、ハートの王は二人とも死刑、と雑な判決を下す。

 ここで思いっきりハートの王に歯向かう帽子屋さんがとっても勇気ある行動なのに、なんだかこの裁判が雑すぎて。ハートの王は人の話を聞くつもりなさすぎて草。

 少年裁判長による「弁護人や検事の言うことがよくわからなかった。とりあえず死刑にしてみた」を思い出すくらいにテキトーすぎる裁判なんだけど、ここから怒涛の、ハートの王が「認める」ということはどういうことなのか、をチャールズに語りかけられるというクライマックスシーンへとつながっていく…。ので、本編を読んでください。

 ここはもう冒頭で感想として語り尽くしてしまった感があるので…。

Lost Alice のラスト

 ここまでずっとアリスとしてチャールズが、この歪でおかしな世界で繰り広げられる茶番劇のようにも思えるやりとりに対して、理性を持って「それはおかしいよ」って伝えていけるところって、強いと思うんですよね。

でも結局、ここにもおかしなルールとか義務がたくさんあって、そこから抜け出すことができない

 もちろん、帽子屋に一緒にハートの王のところに行こう、と促した後でも、こうして現実と変わらないような苦しさに悩むシーンが描かれているけれど、それでも立ち向かっていくその姿が、Lost Alice を演じるにあたっての、那月自身の成長なのかなって思いました。

 他の3人の、白ウサギも、帽子屋も、チェシャ猫も、アリスというチャールズに手を貸しながら、物語の中の結末を答えとして持ってくる。いい話の流れだって、そう思います。

 本編の、Lost Alice の Chapter 02 の19:00からの展開は、鳥肌ものですよ。

うたの☆プリンスさまっ♪Shining Masterpiece Show「Lost Alice」(初回生産限定盤)

うたの☆プリンスさまっ♪Shining Masterpiece Show「Lost Alice」(初回生産限定盤)

 

  もちろん、ストーリーもそうだけど、やっぱり「うたの☆プリンスさまっ♪」だから、歌があるじゃないですか。

 ここでこんな風に、曲ですべてを演出していくのって、やっぱりずるいですよ。

 「Lost Alice」っていう、曲自体が、前を向いてるんですよ。

 1番最初に出会う、白ウサギの疾走感を感じるし、最初から最後まで、アリスとしてのチャールズは立ち止まらずに答えを探し続ける様が、曲調にあらわれているとおもう。

 この曲が流れて、それから曲を聞くと、なんかわかるなって、直接作品と歌はリンクしなくても、主題歌みたいな感じで「Lost Alice」を聞くと、ああぁ、って本編と曲が併せ持つ鏡のようで、いいなって思いました。

おわりに、Shining Masterpiece showに思うこと

 あまりにも書きたいこと書きすぎて、いい加減にしないとヤバイと思うので、終わりにしようと思うのですが、Shining Masterpiece show、前記事にも書いたように、「ワクワクしていない」というのは私の本音でした。

 正直、ワクワクしていませんでした。曲や、倉花先生が撮影してくれるプリンスたちは、新しい姿を見せてくれます。でも展開は…。何かを伝えようとする肝心のうたプリには、シアターシャイニングでも書いたように、停滞を感じていました。

 アニメもマジレボ時点ではそう思っていました。マジレジェも色々あったとは思っています。

 でも、なんかこう、今回の「Lost Alice」では…、色々、うたプリで見たかったこと、考えたかったこと、「私はうたプリの、プリンスたちの、ここが好き!!」ってところを、また語らせてくれたような作品だった気がするんです。

 これから先に続く、トロワやリコリスが、Lost Aliceと同じようなテーマを持った作品かはわかりません。

  音也は、三作品ぜーんぶ違う印象の役とか言ってるしで、前向きに、楽しみにしていたりします。今度はトロワで、プリンスたちはどんな作品を見せてくれるのか?

 展示自体のことも一瞬忘れちゃうんだけど(忘れるな)楽しみだなって思います。

 これだけうたプリのこと書けるんだから、前の記事に書いた物語の先は、まだ自分の中で続いているんだなと思います。

 次回も楽しみにしています。ブログを書くパワーについては、正直体調面や眠さや、ストレスが最近すごくてまとまらなくてすごいのだけど。頑張りたい。