うたプリ☆ブログ プリンセスゴリラのブロッコリー畑で捕まえて

収入よりグッズ支出がついに上回りました

【ネタバレ】エヴリィBuddy!の感想をお伝えするよ

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エヴリィBuddy!|THEATER SHINING|うたの☆プリンスさまっ♪

さて、ついに私が大喜びした最高タッグの嶺二と翔が2人で登場するエヴリィBuddy!が公開されました!
いや、今回の組み分けかなり刺激的な組み分けになってるとおもうんです。

久しぶりの御曹司組の聖川真斗と、神宮寺レンと、それを観察する美風藍さんのBLOODY SHADOWS、そして黒崎蘭丸とカミュの過激派に挟まれながらもカミュの虫歯の心配をする一十木音也のPirates of the Frontier、さらには、那月とセシルというある意味天然コンビに挟まれた一ノ瀬トキヤせんせぇのポラリス!!!そして!

私をうたプリの沼へと叩き落した嶺二と、いっつも応援したくなる翔という、私の推し二人が共演!!! しかも!!! ドラマCD!!! 二人きり、主題歌、歌う!!!オレ最高!!!(興奮しすぎて日本語を忘れてしまい、カタコトになるゴリラ)なエヴリィBuddy!

シアターシャイニングの3作目なる「エヴリィBuddy!」なわけですが、「BLOODY SHADOWS」「Pirates of the Frontier」で書かれていた期間限定ブログの様子から色々伺っていたわけですが、今回はあまり深読みするような内容はなかったですねぇ。

過去の2作品については、下記にてブログ書いておりますのでご参照ください。

princessgorilla.hateblo.jp

princessgorilla.hateblo.jp

とくにPirates of the Frontierはかなり音也がプリツイでも、ブログでも、それを「演じる」ことへの葛藤を暗にほのめかしていたので、嶺二と翔も、まさかそんな感じでくるのかな~とおもったんですが、いつもの通りおちゃらけた嶺二と真面目な翔というコンビだったので、ブログもなんかそんなかんじでした。

感想についてですが、私はうたプリ最高~ん~♪大好き愛してる文句はなんもない!とかいう人間ではなくて、好きだからこそ、こうしてほしい、とかこうであってほしい、とかわがまま欲張り強欲ゴリラなので、不快になられる方もいるかもしれません。

とくに嶺二と翔という、自分にとっての推しが二人で組んでる「エヴリィBuddy!」についてはうるさい感じなので、ご容赦ください。

期間限定ブログにそいながらエヴリィBuddy!を見てわかる、嶺二と翔

嶺二って、場を和ませたり、冗談いったりして、皆をリラ~ックス☆させるタイプの人間だと思うんです。
一方の翔って、真面目で、まっすぐで、「ハイ!!!」ってまさに体育会系の典型的ないいコタイプだと思います。

嶺二には、マスターコースで担当した後輩が2人います。
一十木音也は、「れいちゃんって呼んで☆」をそのまま受け取ってねぇねぇれいちゃんって甘えるタイプの後輩。
一ノ瀬トキヤは、嶺二のゆるゆるな感じのところが許せず、反発ばかりだった時もありました。
(バラエティ形の嶺二は、かつて自分で演じていたHAYATOに似通った面もあって、嶺二に対する反発も強かったのかもしれませんね)

一方の翔にも、マスターコースでは美風藍に担当してもらっていました。
翔はマスターコースの先輩である藍のことを「藍」と呼び捨てで呼びます。藍は「ボクの方がセンパイなんだけど」と苦言を呈していますが、自分より年下かつ、完璧を装いつつも、まだ何か足りないように見える藍は、翔にとってセンパイというよりも、世話焼きの対象となってしまったのでしょう。

そういう点を含め、翔はアイドル活動を通して、先輩後輩という関係を改めて考えたときに、嶺二に対してより一層その意識を強めている点があります。ドラマCDで、蘭丸と一緒にドッキリを仕掛けるときも、蘭丸に対して終始敬語状態だった、藍とのマスターコースでは素のままの翔だったのに、藍以外の先輩と一緒にされると借りた猫状態にもなる翔さんの態度が、なんだか可愛いな~って思うんです。

そして、嶺二と翔の距離感。
嶺二は、「はい!!!」と元気よく返事をして「先輩」として慕ってくれる翔を可愛がっているのが伝わります。

最初は翔たんがすっごく緊張してて
ぼくが声をかけると
「はい!」
って、すぐに答えるの。
「ねぇ、翔たん?」
「はい!」
「この間さ」
「はい!」
「テレビで……」
「はい!」
「翔たんが出てる番組観たんだけど……」
「ありがとうざいます!!!」
みたいな(笑)
もう一生懸命でほんとにかわいいよね~。

エヴリィBuddy! 期間限定ブログ 82行-95行目引用
http://www.utapri.com/sp/theatershining/everybuddy/blog/?id=20151127-1

翔も、アイドルとして活動する嶺二に対しての礼儀は忘れるどころか「バディノート」なるストーカー手帳を作成し、嶺二のあれこれ手取り足取りを記録したヤバイノートを製作するに至ってました。
ちょっとバディノート翔さん売って!!!!? コピー本にして出してくれてもいいよ!!!!

で、演じるにあたって
まずは相手を知ることから始めた。
演技は1人でするもんじゃなくて、相手との空気も大事だと思う。
普段からバディだって言えるくらい相手のことを知っていた方が、役にリアリティもでるだろうしな。
で、考えたのがこれだ!

その名も『バディノート』!!
ポケットに入れて常に持ち歩いて、演技に対してもらったアドバイスはもちろん。
嶺二先輩の好きな物とか、何を食べたとか、何気ない会話に潜む名言とか……。
とりあえず、何でもメモった!
ちなみにバディノートによると撮影中の嶺二先輩のマイブームはホットドックだってよ!
(マスタードはマスト)
まぁ、そんな映画に関わりのない事まで
たくさん書いた。
それ見て聞き込みしてる刑事みたいって嶺二先輩には笑われたけどな。
あと、そのノートを絶対落とさない様にって言われた(苦笑)
嶺二先輩の秘密が書かれてるからな。

エヴリィBuddy! 期間限定ブログ 70行-88行目引用
http://www.utapri.com/sp/theatershining/everybuddy/blog/?category=syo&id=20151213-1

落として!!!!

翔さんうっかりしてバディノート落としていいよ!!! 拾うから!!!
うっかり封筒にいれて宛名住所に私の氏名住所書いてポストにうっかりいれて!!!!

読むから!!!

まあ、こんな風にお互いがどれだけ想いあってるのかを伝える、愛の公開交換日記状態であった期間限定ブログなんですが、バディという映画のテーマともなっているその2人の関係性をグイグイ攻めてくるような内容だったので、ブログを読むたびに憤死する状態でした。ありがとう、嶺二。ありがとう翔さん。とっても素敵でした。

寿嶺二と寿レイジ

私はひねくれた性格で、とくに嶺二に対してはネガティブ視点で見ることも多いので、このブログを通じて、翔との関係が変わったっていうのは大分あると思ったんだけれど、嶺二は最終的に本当に翔に対して心開いていたのかな?と。

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嶺二って、すべてを通してみると、いまだに誰に対しても心を開いていない感じがするんです。

QUARTET NIGHT というメンバーの特殊性もあるし、対するST☆RISHがお互いを支えあって同じアイドルという目標を目指しているのが、アニメとかでも描かれてる中で、嶺二は同じ立場にいるアイドルたちに後輩たち、同じだけ心を開いているのかな、と。
おちゃらけて、冗談をいって、場を和ませて・・・、それって、本当の自分をごまかしているように感じてしまうんですよね。

だから、翔と共演するにあたっても、当たり障りなくというか、いつもの嶺二らしくというか、「ぼくの領域に入ってこないでね」というのは、どことなくブログを通しても感じたりしたんですよねぇ。

このブログが、ファンにむけて書きながらも、翔に対しても書いているわけであって、どうしても音也と色んなアイドルを比べてしまうんだけど、音也も色々抱えていて「言わないこと」がたくさんあったけれど、今回は結構口にすることや伝えたいという気持ちが前面に出ることが多かった気がする中で、はたして嶺二はどうだったのかな、と。

翔が、Twitterでいってたこの台詞も、なんだか超えられない大きな壁っていうのは嶺二がひた隠しにしている「心の壁」のこといってるんじゃあないのとか考えたり。

 で、嶺二自身がレイジを見つめての感想はこのとおりにあるのですが、

結論から言うと、似てる部分はすごく似てるなって思った。
言葉遣いとかテンション、趣味は「ドライブ」「サーフィン」だったりとか。
共通点が多い。
でも逆に仕事の仕方とかは全然違う。
こんなにサボっちゃダメだよ~!!
って、こっちがヒヤヒヤしちゃう。
後輩のショウに対しても
すごいアタリが厳しいというか……。
彼なりの理由があるんだけど。
それにしてもね。
まぁ、やりきれない想いってのは誰にでもあって、わからなくもないけどさ。

エヴリィBuddy! 期間限定ブログ 73行-83行目引用
http://www.utapri.com/sp/theatershining/everybuddy/blog/?category=reiji&id=20151208-1

 「やりきれない想い」というのは、まあ嶺二が抱えていたその通りのもので、嶺二がやっぱりすごいのは、そこから自暴自棄にならなかったということなんだよなあ・・・。

嶺二にはたくさん乗り越えなくてはいけなかったトラウマや過去があって、その先にはやっぱり「アイドル」に対する強い憧れがあって、自分1人なったときに考えすぎてしまうから、自分を必死にごまかそうと明るくしている面もあるわけであって。

そうした自分の振り切った人生を通して、今回演じる「寿レイジ」のやる気のなさは、嶺二にとってみたら「それにしてもね」な感想だったのかもしれないね。まあでも、辞表出して寿弁当の実家にたてこもる極度の落ちようと、普段から落ちているというだけの違いのような気もするけどね! どっちも嶺二っぽいよ! 性質は似てるよ!

ブログではそこまで深い背景や抱え込んでるものを吐露しなかった嶺二ですが、彼がたくさん台本に対してイラストを描いたり、コメントをつけたりしている中で、レイジの台詞で気になるものがあった点については、無言で四角で囲っているのをみて、あ~~~~嶺二~~~~~ またお前はそうやって抱え込んで言葉にしないで語るのかよ!!! ってまた、こうやって、1人で抱え込もうとするんであれば、この人のことを、寿嶺二のことを、もっともっともっと支えてやらなきゃいけないじゃん!!と感じました。

どの台詞を囲っているのかについては、初回限定版についている台本を読んでみてください。なるほどなぁ、嶺二。ってなります。この台本は翔の書き込みもあるわけで、お互いに中身を見たと思うんだけど、嶺二はきっと誰にも語っていないだろうから、翔にとってはなんでここ書き込んでるんだろな? とか思ってそうですね。

来栖翔と来栖ショウ

体育会系の典型的素直で良い子な翔は、嶺二とっても花丸満点の最高な後輩だったことでしょう。

翔は双子の兄弟がいて、その弟である薫くんにとって翔は、頼りになる最高のお兄ちゃんです。双子であることから、お互いの年齢差はないものの、兄である自覚が強い翔は、自然としっかりしたコとして成長していったのだと思います。

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家族背景を見ると、翔の両親は仕事で色んなところへ飛び回っていたようですし、自分のことは自分でやれる、それ以上に他のやつの面倒も見ないといけねえ、そんな本人では意識していない、無意識な責任感が翔にはいつもつきまとっているような気がします。

彼はいつでも精一杯で、真面目で、手を伸ばしても届かない現実と戦ってきたせいもあってか、つねに全力全開です。

だから嶺二との共演も全力全開! 緊張して返事も「はい!!!」、あまり厳しくない嶺二のやさしさに甘えることもなく、尊敬をもって嶺二に接していたことがわかりますが、これもまた、翔の「距離」を置いてる感じが伝わるんですよね。

先輩後輩って、結局「仲間」となりえたとしても、どこかその礼儀的な部分が残るわけであって、翔の仲間想いなところや、世話焼きのところが、先輩と後輩で打ち消されてる感じもしてちょっと寂しいな~と。

でも、いきなり嶺二に対してタメ口利き始めるのも翔らしくないし、先輩後輩としての正しい距離を置きながら、目をきらきら輝かせながら、「はい!」ってうれしそうに返事をする翔は、あ~翔らしいなぁ~って思いました。

翔の尊敬する人物、アイドルへの憧れの1つに日向龍也という先生がいるわけですが、翔は早乙女学園時代にSクラスで龍也先生に担任として指導してもらっていて、一方で龍也先生は嶺二の早乙女学園時代のマスターコース担当だったりと、龍也、嶺二、翔の広がる関係性も素敵だなーと思いました。

龍也先生は嶺二の過去を知っているし、翔の過去も知っている。その教え子たちが組んでるというのは、見ていてほほえましかったとおもうんですよねぇ・・・。

ショウの台詞で「あんたのことは気に入らないけど、理解する努力はする」というものがあります。

社会に出て、先輩を「気に入らない」とぶった切ったあと、理解する努力はするとはどんだけな台詞だよと正直思いますが、これを台詞にでてきしまうのが「ショウ」であり「翔」らしさのわけなんです。

自分の理想と違う仕事ぶりをする「レイジ」に対して、理解する努力をする、という、謎の男気全開なところ。

目を背けるとは違うんですよね。翔らしく、目を背けずに立ち向かう。まさに男気全開。

翔にとって、自分の全力を出してもその能力に限界はあって、届かない現実に押しつぶされそうなときがありました。那月という天性の才能と比べられ(一方で那月は那月なりの、自分の世界を生きてなお、理解されない苦しさを持っていて)、平凡すぎる自分でも、誰でもできることがあるとすれば、それは努力であって、諦めないことであって、それが本当の、翔のよさなんですよね。

だから、ショウを演じるにあたっても、全力でその役を演じようとしたし、ショウ自身の役柄も、その全力さから慎重さを差っぴいた無鉄砲なところがあったりもするキャラクターになってたりもするわけですが・・・。

翔自身がアニメやゲームで色々設定がぼやけているところがある*1ので、ドラマCDでもその背景をうまくつかみきれてないような気がしたのは、ちょっと残念でしたね~~他キャラクターに関しては通してみていると、なんとなく背景事情が浮かんで、成長を感じるのですが、過去がややこしい嶺二と組んだというのもあり、お互いにぼかした存在になってしまったところからすると、素直に翔がショウを演じて、何かをつかんだというのを感じるのが難しい側面がありました。

ドラマCDとしての感想(ここにきてようやく)

やっぱり、シナリオとしてアイドル同士のものなので、乙女ゲーム期待してる人間にとっては肩透かしなんですよねw もうわかってるので、そこは割愛いたしますが、なんでこれドラマCDなんだよって思いますよね・・・?(そればっかり)
嶺二のあのやる気のなさを声だけで感じ取れるというのはやはりその演技力の凄さを感じます。
翔は、翔でありながらも敬語を多用していたので普段の翔というよりもショウってかんじがして、大人びた意識をかんじました。

っていうかあっさり殉職するフリする嶺二なんなんですかね・・・。
もういっそのことたてこもり犯が体中に爆弾巻きつけてて、一緒に爆発するくらいの迫力で殉職したかんじのほうがすっごい殉職した感じがしてよかった(どうしてトドメを刺そうとしている?)
嶺二の殉職シーンがギャグにしかみえなくて・・・。ごめん・・・。

「あいつ、ぼくの悪口をいってるんだな」とかいう、レイジ、お前はいったいどこの企業のお局だよみたいな台詞が女々しくてじわじわきた。

コメディとしては違うし、刑事ものとしては突然殉職するし、ピースくんわけわかんないし、世界観とかそういうのは破綻してるんですけど、嶺二と翔が好きだからという理由でめちゃくちゃ補正して許してる感じがある・・・。

キャラクターが何かを演じるという発想は確かによくって、でも演じてるの上の演じてるになってきちゃってて、ドラマCDだから尺が少なくて、キャラクターの中に、やっぱりヒロイン(エヴリィBuddy!はユウキくんっていう名前がついてたので、なんかすごくキャラ立ちはしてたきがする)みたいなの設置されてて、ドラマCD本編では、ヒロインとの台詞のかけあいがあるにも関わらず、肝心なその台詞が引っこ抜かれてるから、お前いったいだれと会話してんねんみたいな状態になってるけど、予告編で映像と一緒に動いているのをみたときにすごくどきどきしたから、やっぱりシアターシャイニングは映像化するべきなのでは・・・?

主題歌に対する感想

主題歌のイントロや、レイジとショウが交互に歌うのとか、なんていうか曲自体はショウ寄りなんだけど、嶺二って、オドロキマンシール好きだったり、結構子供っぽいものが好きだったりするじゃないですか!

翔も、子供むけの番組にでてたりとか、絶対そういう男の子のむけのおもちゃとか大好きだし、オドロキマンシール集めてるだろうから(勝手な推測)、そういう意識としては2人ともあってそうだし、なんか曲自体がそんなかんじだった!

「正義」を感じさせる、戦隊物というべきか、ヒーロー物というべきか、テーマは刑事なんだけど、男の子が好きそうな、そんな感じのリズムとノリと歌い方で、あ~もうこいつらヤンチャなボーイたちだなあって感じ。

嶺二と翔が、同い年くらいでちっちゃい頃に出会ってたらめちゃくちゃ仲良くなってたんじゃないかな?

近所に住んでて、公園とかでたまたま会ったりするたびに一緒に遊ぶかんじ。嶺二が少しお兄さんだから仕切ろうとするんだけど、翔もおにいちゃんだからなんだよ~みたいになる二人。妄想が膨らみすぎて歯が抜けそう。

嶺二は、お母さんに厳しくしつけられていた(自分のことは自分でやる)みたいだし、翔の自立心とはちょっと違うけど、そこらへんピッタリあったりしそうで本当仲良くなりそう。

そしてこの主題歌をほんと仲良く楽しそうに歌ってそう。最高のBuddyたち。ううぉうぉえぇっうぉぇ(情緒不安定なので突然泣き出す)

ピースくんとはなんだったのか

なんだったんでしょうね(投げやり)

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他のシアターシャイニングは3人ずつなのに対し2人きりで寂しいから、ブログ記事の穴埋めとして、みたいな感じで「かがやき署」の穴埋めマスコットキャラクターとして活動してたかんじもするのですが、当初発表されたときに、なんでおまえ「キャスト」の欄にいるんだよ!!! っていう突っ込みもさながら、この顔面を見ていると非常に精神が不安定になるという、人の心をつかんで話さない存在となっていったのは間違いないんじゃないでしょうか。

マグカップとしてグッズ化されたり、レプリカチケットにいたり、缶バッジやクリアポーチのあきらかなシルエットで存在してたり、どんだけ推されてるんだよおまえは、といいたくなりますが、やっぱり顔を見つめていると心が不安定になってくる・・・(震え)

12月23日が誕生日で公開日とかぶってくるあたり、こいつは計算されつくした生き物なんだとおもいますよ・・・。

 翔が描いた素敵なピースくん置いておきますね。

 早速翔ピースくんをクソコラしはじめるクソゴリラ。

 応用力あります。

まさにうたプリはアイドル(偶像)の地をいく作品

中途半端で、完成してなくて、続編期待させるような作りがうたプリっぽくて、そこが人気の理由の1つだって私は今回の作品を見てさらに感じました。いや、悪い意味では全然なくて、です。でもみんな感じてるんじゃないのかなあ・・・少し物足りない。いやもっと物足りない、なんて。

完璧で、完成していて、非の打ちどころがなかったら「よかったねぇ」で終わるけど、たくさんの人が、アイドル自身や作品自体に対して色んな幻想や理想を抱いていて、「いやそうじゃない」「自分にとってはこう」「こうやって受け止めた」とか解釈の違いが出るから、面白いんじゃないのかなって。わかりきった作品や答えの出ているものであったら、その答えだけを受け止めて「なるほどな」って終わるけど、うたプリは毎回そうじゃないんです。

シャイニング事務所のアイドル1人1人に対してそれぞれが抱いてる幻想や理想があるからこそ、その違いや葛藤や、ファンになりました!ファンやめます!が繰り返されて、アイドルとしての道を作り続けていくんじゃないだろうか。

最近、プリツイや期間限定ブログといった、アイドル自身の言葉で紡がれるセリフや出来事が多かったせいで、なんかこの聖川真斗のしゃべり方なんかちがう、とか、来栖翔なんかおかしいぞ、とか、トキヤがもうツッコミ待ち状態になってるとか、みんなが抱いているものとの確執があったりとかして面白い。

私たちはアイドルとして活動する彼らに対して、彼ら自身ではないにも関わらず、さまざまな期待をもって、「アイドルである彼らは、こうあるべきもの」と、キャラだちした状態で、彼らをしっかり見ているわけではないですか。しゃべり方や、性格などが定まっている彼らに対して、そういった期待を過度に寄せているわけですね。

彼ら自身からしたら「それはオレじゃない」みたいなそういう意識もあったりするのかもしれないけれど、アイドルとして歌を歌ったり、物語を紡いでいったりする彼らを私たちは好きになった。応援したいという気持ちになった。日々の支えとして、命の糧として。

二次元アイドルっていうことは頭でわかりながらも、それを現実と混ぜこぜしながら楽しめるファンたちって実はものすごい複雑な構造をした脳みそを持ってるんじゃないですかね。普通の人は楽しめない楽しみ方だ(普通とはなんなのかすらもわからん)とおもうので、せっかく楽しめるような頭の作りになってるんだから、徹底的に楽しんでいこうと思ったのでした。

そう、うたプリは完成されないからこそ、作り続けていくかんじがして、皆で作り続ける、支え続ける感じがいいのかなーって、このシアターシャイニング3作目を見ての感想です。こうなってくるとやっぱり最後の「ポラリス」が楽しみです。

やっぱりなんだかんだで、私はトキヤのことが心配なので、(嶺二のような気持ち)しっかり観て、楽しみたいとおもいます!

*1:高所恐怖症設定がアニメで追加されたり、翔の病気についてアニメで触れられていなかったり